実験小説 / 目次
ゆきあたりばったりの実験小説です!
ごゆっくりどうぞ
EP-1 どうでもいい時に、どうでもいい場所で
EP-2 害気
EP-3 コギト・エルゴ・スム(我思う、故に我在り)
EP-4 サキュバスのリイ
EP-5 エタニティ(永遠の存在)
EP-6 希望を持ってはいけない世界
EP-7 クローザ(閉じさせる者)
EP-8 思念の星
EP-9 はじまり 

EP-1 どうでもいい時に、どうでもいい場所で
更新日
2022/01/08


寂しい次元の狭間で一人の男が俺を待っていたのは偶然ではなかったが今はもう少し現実的な話をしよう。俺に気づいたその男は右手の人差し指を一瞬上げてこう言った。「遅かったな。よし、仕事だ。まずその光の中へ入れ。説明は追い追いする」「ちょっと待って。休みたい。ベンチに座っていいか?」空間を照らす外灯の下におあつらえ向きのベンチがあった。俺はもうへとへとに疲れていた。なんでって、わかるだろ生きていれば。ようやく俺は死ねたんだ。男は言う。「駄目だ、休んでる時間なんてない」「光ってこれか?」ずらりといくつかの光の柱が一隅にならんでいるのを指差し俺は言った。「ああそうだ。早くしろ」「ここは時間の概念がないんじゃないのか?」「いちいち余計な質問をするな」「おい、俺は流れ作業が大嫌いなんだ。あんな理不尽な仕事が他にあるか?」「お前の嗜好はこの仕事に無関係だ。やりさえすればそれでいい。どれでもいいから早く入れ!」「わかったよ、ちゃんと指示してくれよ。それでなくてもこういうことには慣れてないんだから──」俺はぶつぶつ言いながら光の柱の一つの中に立った。俺は現世に転送された。


うるさいなんだここは? カラオケボックス? 一人の若い女が爆音で熱唱している。その時声がした。その女は霊媒体質だ。治せ。あの次元の狭間の男の声だった。「どうやって?」声に出すな。気づかれる。どうやって? 握手しろ。それだけか? ああ。俺は女の空いてるほうの手を握ろうとしたがつかめなかった。だめだ。俺幽霊なんだろ? おい! 言い忘れていた。握手するのはマイクを持ってるほうの手だ。そっちの手が霊媒になってる。右手だ。俺は曲が終わるのを待った。しかし女はマイクを離さない。俺は無理やり手を重ねた。その手から光の輪が俺の全身に広がる。目の前に急に現れた男に女は驚きもせず迫ってくる。酔っ払ってキスか? 早いなクライマックスが。いい感じになってると気づくとあの次元の狭間のベンチに座っていた。


「え? 戻った?」男が冷めた目を向け言う。「さ、次だ」「ちょっと待てって。俺こういうのが一番嫌いなんだ」「何度も言わせる野郎だな、お前の嗜好はどうでもいいんだ。行け!」「ちょっと待て、これを訊くのを忘れてた、見返りは?」「今は言えない。ただ──」「ただ?」「これだけは言える、呪いが解けると」その時俺の機能していないはずの脳裏に母の遺影が一瞬現われ消えた。「そういうことか」俺は大きく鼻息を吐き、腰を上げた。男に言う。「信じていいんだな?」「ああ、もちろん」俺は光の柱の中に立った。俺はそのことに気づいた。「隣のやつ消えたな?」「ここはお前専用の次元の狭間だ。高待遇だろ?」「どうだか」


気づくと海辺に居た。海の向こうを見ると──は? 津波? 「おい、どうすりゃいいんだ、おい!」何度も言わせる野郎だな、声を出すな。そこに女の子が居る。助けろ。どうやって? 実体がないんだぜ。さっきと一緒だ、抱きかかえりゃいい。俺は女の子をお姫様だっこし走り出した。しかしあることに気づいた。だめだ高台まで間に合わない! ばかやろ、飛びゃいい。早く言えよ! 俺は間一髪のところで津波から逃げることに成功した。女の子に言う。「大丈夫だよ」俺は遠くの高台に女の子とともに降りた。これからどうすりゃいい? その女の子は登山者に発見されることになる。もういい。


気づくと次元の狭間に居た。


たぶん、つづく...



EP-2 害気
更新日
2022/01/07


「たんま、疲れた、休ませてくれ」俺は男に言った。「疲れたと思うのは錯覚だ。よく考えてみろ、疲れてないはずだ」「いいや疲れてる。心がな」男は無表情で鼻で笑った。「んそれも錯覚だ。辞書を引いたことは?」「ないね。とくにそんなどうでもいい言葉なんか」「どうかな、とくにお前みたいな存在に視覚聴覚があること自体が錯覚だってのに」「かもしれねえな」「そんな曖昧な言い方をしなくてもいい。お前が今どういう状態かお前が一番よく知ってるはずだ」「知らねえよ、気づいたらここに居たんだ」俺はふいに右の手のひらを見た。これから間もなく死ぬ人は必ず自分の手を見る。その法則を学んだのは偶然だった。病床の母がしきりと自分の手を見てた。点滴を打たれまくってあざだらけになった手を。俺は自分の手のひらが何か不思議なものみたいに思えて仕方なかった。裏返して甲を見る。同じく奇妙な感覚。「俺死んだんだよな? だからこんな変なところに居るんだよな?」「お前に言わせりゃそれも錯覚“かも”な。次行って来い」「あんたと話してたら余計疲れちまった」「これでも飲め」男はポケットから液体の入った小瓶を取り出した。「栄養剤か?」「そう思って飲めばそうなる」俺は受け取りためつすがめつした後蓋を開けて飲んでみた。「水?」「そう思ったらそうなるぞ」「あ、もう駄目だ。水としか思えない」「よかったな毒じゃなくて。わかったか? お前は今思い通りにできるんだ。そのことを忘れるな」「空を飛んだみたいにか?」「ああ、もういいだろ、行って来い」俺はベンチから立ち上がる。「そうするか。ああ、重要なことは早く言ってくれ。今の時点で言っておくべきことは?」「今言っただろ」「思い通りか──いまいち飲み込めんがあんたに期待してるからな」「とっとと行け」俺は光の柱の中に立つ。「お手柔らかに頼むぜ」


気づくと目の前で火山が大噴火していた。「おい! ちょっと待て!」学習能力が低い野郎だな、声を出すなと言っただろう。そこに人が居るだろう? 誰でもいいから助けろ。二十人くらい居る。一人だけか? ああ。誰でもいいつったって──。近くの人の手を握ろうとしたがつかめない。もしかして? そうだ、霊媒体質のやつは一人しかいない。どうやって見分ける? 脳をサーチしろ。その時大きな爆発が起こった。噴石が落ちてくる。方法を早く! 頭の中に入れ。一人一人か? まとめてやれ。俺は手を空中にかざした。するとコウモリのエコーのように反応が返ってきた。あの子か。少年だった。手を握ると広がる光の波紋。実体化した俺は少年に言う。「行くぞ!」また俺は空を飛び安全なところに少年とともに降り立った。


気づいた時にはまた次元の狭間に居た。「おい、重要なことは早く言えと言っただろう? どっちが学習能力がないんだかまったく」男は鼻で笑い言う。「もちろんお前だ。思い通りにできると言ったはずだが」「だから具体的な方法がわからねえんだよ!」「本当に辞書を引いたことがないらしいな。思い通りとは思った通りという意味だがそれでもわからんか?」「例がないんだからわかるはずないじゃないか」「──人生とは、そういうものだとは思わんか」「なに急に」「何も前例がないのに突き進んでいかなきゃならん、挑んでいかなきゃならん。そうだろ?」俺も鼻で笑ってやった。そしてよっこらせとベンチに座る。「よせよ、俺に説教か? あんたこんなところで俺を待ってたくらいだから俺のこと知ってんだろ? 俺が生前何をしてきたか」「ああ、もちろんだ。ようく知ってる」「じゃあ、今更だと思わねえのか? 人生訓なんて」「これはお前だけの人生じゃない。お前が助けた人達の人生も含んでいる。そしてお前はやっと役に立つ道具になった」「道具か。高校生の時国語のテストでアイテムの意味を“道具”って書いたらバツになった。しかし今じゃその意味でもマルだっていうじゃないか。俺は思ったね、“出る杭は打たれる”と。道具に打つという意味しかないのなら本当に役に立つかどうかはわからないじゃないか」「さすが屁理屈がうまいな。その通りだ。お前の存在にはその程度の意味しかない。だが誰かの命を助けることができるとしたら?」「さっきあんたおかしいこと言ったよな。誰でもいいから助けろって。でも結局霊媒体質のやつらばかり助けてる。何か意図があるのか?」「今それを知る必要はない。さ、次行け」俺は立ち上がり光の柱の中へ。「必ず、教えてくれよ」「ああ」


気づくともやの中に居た。なんだ霧が濃いな。霧じゃないそれは排煙だ。心配するな、息をする必要はない。もっともしたとしても何も変わらんが。何すりゃいい? フィルターの交換だ。実体がないんだぞ。その下におっさんが倒れてる。叩き起こして手伝え。ホントだ、どうしたこの親父。俺は肩に触れることで実体を得た。「おい、起きろおっさん。酒くせえな」「ん? 遅かったじゃねえか、お前の腕時計壊れてんじゃねえか? は? 持ってねえのか? じゃ、食堂の時計が狂ってたのか?」「おっさんいいからとっとと仕事片づけようぜ」「お前お迎えじゃねえだろうな」「そうかもな」「ふひ、へへへ!」「駄目だ、べろべろだ。これか新しいフィルターは?」おっさんは急にしゃきっとして俺からフィルターを奪い取ろうとした。「バカ! お前にはまだ早い」落ちそうになるフィルター。「おいおいおい、手伝うから無茶すんな」「貴様、さっきから先輩に向かってなんだその口のきき方は!」「ある意味俺のほうが先輩だけどな」「なぬ? え、あんたまさかあの仕事を極めし者だけが見えるという伝説の妖精さんじゃないの?」「そ、そうだ」俺は都合がいいのでそういうことにしようとした。「ふん、妖怪め。わしの目はごまかされんぞ。わしがこの仕事を続けて、ゴホ、何年になるか、ゴホ、知らんだろうから、ゴホホホ!」「長いのはわかったよ。さっさとけりつけようぜ」「ここはこうやる」「うん」「ここはこう、それから──」


気づくとあのベンチに座っていた。「おう、戻れたか」「お帰り」「なにい、親近感湧いちゃった?」「別に」「なんださっきの?」「あの親父あのままじゃくたばるところだったんだ」「どのみち長くはなさそうだがな。なあ、頼むからひと眠りさせて、俺くたくたなんだ」「駄目だ」「このままじゃくたばるぜ」「そうなったら、そうなるまでだ。限界まで働け」「いやもう限界だ。わかるんだ、俺には今休息が必要だって」「それはお前が決めるな、私が決める」「おい、社長気取りもいい加減にしろよ。第一俺なんでこんなことやってるんだよ!」「不条理を感じるのは世の常だ。お前だけじゃない。さ、行け」「ちくしょう! これが呪いなのか?」「そうかもな」「くそっ!」俺は光の柱の中に立った。「天国に行けたら、あんたのことチクってやるからな!」「ご勝手に」


たぶん、つづく...



EP-3 コギト・エルゴ・スム(我思う、故に我在り)
更新日
2022/01/01


この現象を言葉でなんと表現すればいいか、ボキャ貧の俺なら、こう言う。太陽の光が水面から入って、その複雑な輝く模様が、底の砂地に映って、絶えず、形を変え、ゆらゆらと動き続けている、とても神秘的な光景──しかも、自分が生きていることを証明してくれている。透明度の高い水中に居なければ見えない、それを、なぜか俺には見たという記憶がある。前世、俺は魚かなにかだったのか? いや待て、魚でなくとも見ることはできる。いま、それを見ていることに気づいた俺は、ここが水中であることにうろたえて、息を吐いてしまった。それもまた、不思議としか言いようがない感じで、のぼってゆく気泡。俺が水中でもがきながら「うわあ!」と声を出したとき、あの男の声がした。呼吸の必要はないと言ったはずだが。あら、ホントだ。落ち着いて、立ち上がれ、そこは水深が浅めだ。俺は毎度のことながら、少しイラっとしたが、よっと、水面から顔を出すことができて、ほっとした。少し下流に行ったところの、もっと浅いところに少年が倒れている。このままでは死んでしまうから、陸にあげてやれ。なんで、倒れた? その少年は、河原にある無数の石のなかから、古代人が使っていた磨製石斧を見つけた。そいつのせいだ。いや、わからん。つまり、呪いのせいだ。いや、余計わからんだろ。とにかく、その少年を陸にあげろ。人使いがあらいやつだなどと、ぶつくさ言いながら川をくだると、川のなかに少年があおむけに倒れていた。顔がちょうど水面から出るくらいの浅瀬だった。少年を陸に上げて、気づいたが、その”ませいせきふ”って、どこにあるんだろう? ま、いいけど、あら? おい、なんでそっちに帰らない? まだ仕事は終わってない、石斧を持って帰れ。いや、だからどこ? アレは少年の心臓と一体化している。はずして、持って帰るんだ。はあ? お前は現世では超自然の存在。手を突っ込んでみろ、取れる。少年のほうは? 大丈夫だ、死にはしない。俺は半信半疑だったが、少年の胸に手をやってみた。光の波紋が広がったと思ったら、抵抗がなくなったので、心臓をつかんで、引っぱり出してみた。ちょっとした重たさを感じる石斧だった。おい、取ったど? まだだ。ん? 意識を取り戻した少年が石斧を持っている俺の手をつかんで震え声で弱々しく言う。「かえしてください」涙ぐんでいる。おい、どうすりゃいい? 分離させて、呪いが入っていないほうを渡せ。また、そういう無理な話をふっかけようってか? やれ、お前は何でもできる状態だと言っただろうが。俺はなかばヤケで、焼き芋を割るような感じでやってみた。フツーにできたので、逆に拍子抜けした。おい、どっちだ? お前に反応してるほうが呪いが入ってるほうだ。こっちか。「君の手柄は取らないよ、はい」俺は適当に言って、反応していないほうを少年に渡した。


「母を想う気持ちは、お前を弱くする。忘れろ」次元の狭間のベンチに戻ったと思ったら、唐突に、男が俺に言った。「忘れてるよ。それより、あんた名前ぐらいあんだろ?」「名前で呼びたければ、お前がつけろ」「シンジ、ガキのころのガキ大将だ」「では、お前はユウイチにしよう」「なんで?」「名前に意味なんかない、そうだろ? あるとしたら、お前のは弱虫の代名詞といったところだ。無駄口が過ぎた、例のブツは?」「ん? ああ、そうそう、コレだ」「よこせ」「礼はなしか?」シンジは俺をガン無視で、石斧をもぎ取ると、デスクの照明をつけて、近づけて、くるくるやりながら、ルーペで眺める行為をしばらく続けていた。「おい、ゆっとくがな、シンジさんよ? ユウイチは弱虫じゃない。やさしいのが一番って意味だろうが」シンジは一呼吸おいて、息を大きく吐いたあと、答えた。「それが弱さの極みだという意味だが?」俺はその言葉にカチンときた。「おい、あんたも──」「議論している暇はない、コレを見ろ、もうすでにお前の一部と同化している」「俺の一部って?」「お前がお前であるという、すべての意識しているもの、その一部だ」「いや、さっきから、あんたの言ってることって──」「わからんか? お前がひと目でコレが石斧だとわかったのは、経験があるからだ、過去になんらかのな。いま、それがわからんのは、おそらく、こいつが吸い取って、封印しやがったからだろ。ま、過去なんぞ、語ったところでなんの役にも立たん。コレの世話は私にまかせて、次行け」俺はまたカチンときた。「おい、ちょっと待て」「待ってやる時間はない、急げ」「俺はなあ、車間つめて、せかすやつが大キライなんだ」シンジはだんまりを決めこんだらしい。石斧にあれこれとやって、反応を見る行為にご執心のようだ。俺は舌打ちして、例によって、光の柱のうちのひとつのなかに立った。「歴史の授業に出たくないのは、間違いなく、あんたの個人的な嗜好だからな!」


でかいくちをたたく暇があったら、体を動かしたほうがいいぞ。俺は目の前に──


たぶん、つづく...



EP-4 サキュバスのリイ
更新日
2022/01/06


俺は目の前にあの女がいることを認識した。カラオケボックスで爆音で熱唱していた、あの若い女だ。真顔で、両腕を前につきだして、手のひらをパーにして思いきり開いている。なんのマネだ? うしろを見ろ。ん? それはいわゆる雪崩だった。俺はシンジに言われる前にとっさの判断で、その女に走りより、お姫様だっこして、離陸した。「キャハハハハハハハ!」女が無邪気に笑う。なにコレ? その女はサキュバスのリイ嬢だ。人に幻覚を見せる。用があるから連れて帰ってくれ。え? 前のパティーンと同じか? そうだ、まだ仕事がある、前やったようにキスしろ。はあ? おい、ふざけてんのか? やってみろ、見た目は前の女と同じに見えてると思うが別人だ、この上なく、難しいぞ。リイがしゃべりだす。「やつらは心を科学で説明しようとした。神、希望、おまけに愛さえもな。だが、無限の意識をもつ神に近い存在にとって、科学など、成長を妨害する足かせでしかない」俺は鼻で笑って話をさえぎった。「顔に似合わず、こむずかしいこと言うじゃないの」言い忘れていたが、リイ嬢はなかなか見られたつらだった。「アッハハハハハハハ! う゛う゛う゛んっ!」全力で暴れだすリイ。案の定、俺の手は滑り、リイを下に落としてしまった。と思ったら、リイは瞬時にでかいコウモリみたいな翼を背中にはやして、自由な飛行を始めた。「アタシがその無限の意識を得た存在だよ! キャハハハハ!」俺は負けじとでかい声で言ってやった。「俺も同類だと思うぜ!? 翼がないのに空を飛んでるもんなあ!」シンジ! どうすりゃいい? つかまえて、キスしろ。あんたもユーモアのセンスだけはあるらしいな! 「くそっ!」俺はリイをとっつかまえようと、必死にやったが、動きがはやい。しかも、空中戦は慣れてない。おい、わかってないようだから、もう一度言うが、リイ嬢はサキュバスだぞ? それがどうかしたか? 目をつむって、頭のなかでキスすりゃいいんだよ! 俺は地上に降りた。はやく言ってくれよ。俺は深呼吸をして目をつむった。暗闇のなかでリイの声がしたし、姿もはっきり見えた。「ようやく、気づいたようね、かわいいぼうや」リイが近づいてくる。「ふう、ダチが紹介しろってよ」俺はリイと二度目(?)のキスをした。理由はよくわからないが、とにかく、キスした。洋画では定番の行為だが、まあ、悪くはない。


気づくと、リイと二人そろって、あのベンチに座っていた。リイがかわいらしく、あくびをして言った。「あ~あ、つかまっちゃったかぁ」俺はシンジに言った。「おい、わかってることをなんで先に言わないんだよ?」「お前に考える機会を与えてやっている。自分で考える機会をな。本当のキスのしかたを体得しただろ?」俺は笑うしかなかった。「リイ、気づいてると思うが、ユウイチの意識の一部が何者かに奪われた。マヌケなことに、この石斧に痕跡を残してやがる」「ほっとけばぁ、害なんかないじゃん。それに、ぶっちゃけ、その犯人って、アンタなんじゃない?」俺は少しビックリした。これまでのシンジの言動につじつまが合うような気がしたからだ。「おい、あんた、まさか──」俺はシンジを問いつめようとしたが、リイが言う。「興奮しないで、アタシのかわいいぼうや、ほんの冗談よ」シンジがひと呼吸おいて言う。「ユウイチが私を疑うのは当然だとして、なんのために私が動いているかを言っておこう。こまかい仕組みは割愛するが、要するに、お前を人間に戻すためだ、ユウイチ」「え? 俺って、死んだから、こんな変なところに来たんじゃないのか?」「死んだんじゃない。無限の意識をもつ存在、お前はそこに到達する過渡期にいる」リイが言う。「あともどりはできないよ、アンタたち」シンジが言う。「戻るんだ、ユウイチ」俺はシンジに問うた。「なんで、あんたがこんなサポートをしてくれてる?」「それは──」リイが言う。「アンタも同じでしょ、シンジ」俺は例によって驚く。「あんたも?」シンジは言った。「そうだ、ユウイチ。私はお前と同じ、過渡期にいる。お前は現世で新しい能力が邪魔に思った。だが、反発すればするほど、能力は高まる。だから、私と同じ、次元の狭間にたどりついたのだ。生命体というフレームは超越することができたようだが、私は、お前がその次の段階にゆくのを阻止しようとしている」「なぜ?」「アタシみたいになっちゃう、でしょ?」リイが言った。「そう、リイの意識はかなり高いレベルにまで上がり、無限に近くなっている。他人に幻覚を見せることができる。お前はたぶん現世では自分が見ていると思っていたのだろ? 違うんだ、見せられているんだよ、上のもんにな」俺は直感で言う。「つまり、リイみたいなのがうようよ居やがるのか?」「ご名答、ごめんネ、アタシのかわいいぼうや」リイが嘲笑まじりに言った。「私はお前の意識の一部を奪ったやつはそのうちの一人だとにらんでる。能力がないとできないことだからな。しかも、悪意をもってやがる。お前がここに来た経緯の記憶まで、ご丁寧に、ごっそり奪ってるからな」俺は訊いた。「どうすりゃいいんだ?」シンジが言う。「そいつのことは私にまかせろ。お前が何をすりゃいいか、もうわかったろ?」「え? わからん」「素直にパワーを使えばいいだけだ」「しんどい、使いたくない、疲れるだけだ」「それが目的だ、疲れさせる。医療機関にかかって、ヤクもらってただろ? やつらがアレをお前にやらせてた目的は、お前を疲れさせるためだぜ?」「マジか?」「しかし、繰り返すようだが、お前みたいにそれに抗って、反発すればするほど、能力は高まる。パワーをおさえ込もうとすればするほど、パワーってな増大するのさ」「わかるような、わからんような、アホみてえな話だが、とりあえず、疲れさえすればいいワケか、ハハ、おもしれえや」俺はやっていたことの意味がわかり、納得した。「アンタたちさぁ、どーでもいーけどぉ、アイツがなにをしたいかがわかってないんだネ」リイの言葉にシンジが答える。「ふん、やはり、誰がやったか知ってるようだな、リイ?」「無限の意識って、言葉ではわかっても、知覚することはできない。アンタたちにはアイツを止めるのは無理よ。せっかく、潜在能力があるのに、それをフレームにハメて封じる。外に出たら、抹消する。自由になりたかったハズなのに、自らハメ込もうとしてる。よくできたぼうやたちだこと」リイはそう言うと、石斧を手にもってつづけた。「いちおう、居所まで道をつけてあげとくわ。行ってみたところで、なにをしても無駄ってことに気づくだけヨ。もういいでしょ? 解放して」シンジは言う。「いいだろう」俺は質問したくなってリイに訊く。「無限の意識を得て、なにをしてるんだ?」「さっき言ったでしょ? ぼうやたちには知覚できないことヨ。じゃあネ」「一番右端のその右に入り口ができる、前で待ってろ」シンジがリイに言った。


たぶん、つづく...



EP-5 エタニティ(永遠の存在)
更新日
2022/01/10


「俺もそいつに会いたい」俺はシンジに言った。光の柱がならんでいる一隅へ行きかけたリイが足を止めた。シンジが振り返ったリイに意味深なアイコンタクトをしたあと、俺に言う。「ユウイチ──、お前がそう言うんだったら、一緒に行こう、そいつのところへ。あなたのゆくところへ、私はゆきます。あなたのとどまるところに、私はとどまります」俺はあの英語で黒い文字が書かれた木製の白い看板を思い出した。お値段以上を売りにしてる家具およびインテリア用品の某チェーン店で買ったやつ。「旧約聖書のルツ記か」俺がそう言うとシンジが言う。「私は神なんぞ、信じていない。しかし、なにかを信じること、その行為自体は大切なことだと思ってる。よし、行くぞ」「アタシも!」リイが片手をあげて、明るい顔で言った。「おい、なんでだよ?」俺は反射的に言った。「だってだって、契約したじゃん?」「はあ? キスのことか?」「ビンゴ!」俺とリイのやりとりを制して、いつも仏頂づらだったシンジが微笑みながら言った。「仲間は多いほうがいい、そうだろ、ユウイチ?」


かくして、三人は、リイがつくった一方通行の道を、一路、犯人の居所までつき進んだ。あの石斧に三人が手をかさねると、自動的に道に入り、自動的っぽく(?)移動した。リイの右手に俺の左手、リイの左手にシンジの右手、といった具合に手をつないで、抵抗を感じない空間をなめらかに飛行していると表現したらいいかな? まわりの風景はぼんやりしていたがネオンの光のような鮮やかな様々な色が、形を常に変化させて、暗闇に明滅していて、前から後ろに流れていたので、自分たちが高速で動いていることがわかった。そして、トンネルのなかを車で走っているときに聞こえるような低くうなる音が絶え間なく聞こえていた。俺はその音に負けじと大きい声でリイに言った。「なんで、お前がボスになってんだ?」リイは言う。「アタシがつくった道だからに決まってんじゃん! それより、気をつけて、手をはなすと戻れないヨ!」俺はリイのその言葉で思い出した。病床で、意識がないハズなのに強く握り返してきた母さんの手を、なにか邪魔なもののようにはなした。だから、母さんは二度と戻らない。「おい、ユウイチ、忘れろと言っただろ?」向こう側から、シンジがそう言ったから、俺は言い返した。「なあに、はずみさ! なんでも、たいてい、はずみだろ?」シンジがぼそっと言う。「ダメだこりゃ」リイが調子づく。「アッハハハハハハハ! ヒャッホゥ~!!」


気づくと、少し高くなったところに置かれた玉座に座り、そのひじかけに、片肘頬杖をついている男が目の前にいた。いきなり、獣のようなうなり声とともに、大きく息を吐く、その男。そして、舌打ちする。かなりイラついているようだ。シンジが言う。「ボロか」俺は言った。「へ? またギャグ的ななにかか? ボスじゃなくて、ボロ?」ボロと呼ばれた男はまた舌打ちして言った。「その名で呼ぶな、余の名は、エタニティ」シンジは嘲笑して言った。「ふん、お前ごときが永遠の存在になれるわけがないだろ、ザコが」「余をこけにしようなどと考えるとは、度胸があるからではない、マヌケだからだ」ボロの言葉にさらにシンジが続ける。「石斧に痕跡を残したのがマヌケではないとでも?」「ふふふ、わざとやったに決まってるだろ。アンチをここまで連れてきてくれたことには礼を言おう」俺はあきらかに俺のことだと思って言った。「おい、俺って、アンチ?」シンジはお手上げのポーズをして言った。「ボロの言うことをまともに聞くな」ボロは言う。「自分自身を攻撃するアンチボディ、その排除をするのは当然だろう?」シンジはそれに対して言う。「ええい、オツムのほうもザコ級か、エタニティの概念を理解できていない」ボロはすまして言う。「そう思うか? 我々はエタニティの内包物にすぎん。ほんっとーっに、ちぃーっぽけな、ゴミ同然の内包物!」シンジは言う。「それがわかっていて、なぜ、エタニティを気取ってやがる?」ボロは続ける。「ちっぽけな内包物でしかないアンチボディが、全能のエタニティになれると仮定したまえ、ん? お前たちは、アンチのパワーを過小評価しているらしいな。だが、余は違う。余はまず古い文献を漁った。血眼になってな。だが、当然そんなことが書かれている書物など存在しない。前例がないか、あったとしても、解読可能の文字が発明される以前の話になる。エタニティになろうと努力はしたらしい。古代遺跡を見れば一目瞭然だ。あるいはもうすでにこの次元に存在していないとも言える。恐竜はどこへ行ったと思う? 爬虫類は現存しているし、その進化型である鳥類もな。だが、発掘されたわずかな化石からわかる、うようよ居たハズのあの巨大なヤツらはいづこへ? クォ、ヴァディス! エタニティになろうとしたやつら、もしくは、エタニティになったかもしれないやつらは、全員アンチであることに気づいた余はもちろんそれになろうとした、だが、なれなかった、腹立たしいことに素質の問題だな、だから、そいつの力をいただくことにしたんだ! わかったか!!」ボロの語気から、かなりアタマに血がのぼっているらしいことがわかった。


たぶん、つづく...



EP-6 希望を持ってはいけない世界
更新日
2022/01/13


「おにいさん? なにしてるのかな?」俺はその別に聞きたかったわけじゃない声で目を開けることにした。案の定、見たかったわけじゃない顔がそこにあった。衣服などから、おまわりさんだとわかる。他人の小便を邪魔するやつが居るワケがないと思うことにしたが、やっぱり、居るかもしれないなと思いなおした。公務しっこ妨害。俺はその自動的な反射反応により、頭のなかに顕現したオヤジギャグのせいで、かなりにやついていたと思うがかまわず声を出した。「ヒーリングです」腹筋をつかって、よっこらせと上体を起こす。いつものように、公園のブランコの前の土の地面の上にあおむけに寝転がっていたら、いつものように、邪魔が入った。「ひーりんぐ? 癒しってこと?」「そうですけど」俺は大きく息を吸い込み、ふぅ~んとはぁ~んの中間のような音を出しながら、息を吐いた。おまわりさんが吹きぎみで言う。「どういうこと?」俺は言ってやった。「学校の校庭とか、こういう公園とかの、土の地面のところがヒーリングスポットなんですよ。あなたもやってみるといい」「はぁ~ん、ま、とにかく、立ち上がって、土を払いなさい。あんまり、こういうことやってると、襲撃されるよ。こないだもあったでしょう、ホームレスの人が襲撃された事件」「お気づかいどうも」俺は目をつむって、ずっとエーコの名前を連呼していたんだ。俺の愛した女の名前を、ずっと。俺の大切な儀式を邪魔するな! もちろん、それは、目の前のおまわりさんに、声に出して言わなかった。そういうやりとりなど、どこ吹く風の、子供たちのにぎやかな歓声がその公園にこだましていた。それは、どことなく、「エーコ」と、繰り返し、聞こえていた。「おまわりさん、ひとつ、訊いていいかな?」俺が去り際に提案すると、おまわりさんは無愛想な感じで、めんどくさそうだったが「なに?」と言って、一応、振り向いてくれた。俺は言った。「今を楽しめってのは、お金持ちのロジックだと思いますか? 過去も未来も想うなっていうのは」おまわりさんは「う゛っう゛う゛ん!」と咳払いらしき音を立てたあと、「考えすぎ!」と言って去っていった。俺はその現象を見て、とても愉快な気分になった。顔は例によってかなりにやついていたと思うが声には出さず、心のなかで爆笑して言った。「俺の勝ちだ」と。だから、最近、仕事中に頻繁に鳴る、やたらしつこい不明の発信者からの電話に出る気になったんだ。ポケットから、スマホを取り出し、出てみたら、やはり知らない男が開口一番こう言った。「そこはボロの世界だ、戻れ」俺はまったくワケがわからず返事をする。「はい?」その男は続けた。「愛とは執着だ、リイのことをおぼえてるだろ?」俺はそれ以上相手をする気がなくなり、無言で、耳からスマホを離そうとした。「男は本気で惚れた女のことを絶対に忘れない、そうだろ、ユウイチ?」「なんで、俺の名前を知ってる?」「私がつけたからだ」俺はほとんど半笑い状態だった。「俺のオヤジは8年前に死んでるんだよ。なりすまし詐欺ってやつか? 通報するぞ?」「強い執着心だけは消去することができなかったようだ、かわりに別ので置き換えたらしい。やつはまだエタニティになれないでいる。当然だ、無限の意識を得ても、方法がわからんからな。たとえ自分がアンチでも。とにかく、石斧に触れるんだ、戻れる」俺は声の主が誰かもわからないまま、頭に入ってこない、変な話をズラズラならべたてられて、キレる一歩手前だったが、電話のほうはそこまで聞いたのち、無慈悲に切った。そうとも、俺をキレさせたら、たいしたもんだ。


この希望を持ってはいけない世にもおぞましい世界で、お望み通り、俺は希望を持たずに生きていた。誰かのせいにする気はまったくない。感情が無意味無価値であるばかりか、かえって、邪魔なものであるとの見解に至った人類は、AIなどといった、それを微塵も持たないものを至高の存在「神」として、崇め奉り、利用するのではなく、利用される道を選択した。愚かなことに、自ら、望んだのだ。


俺は母方の祖父が建てた家に一人で住んでいた。要するに、ボロい家に。こまかい事情は割愛する。いつものように、むしゃくしゃした感じで、暗い夜道を歩いて、仕事から帰ってきたところだった。いつもと違っていたのは、出入り口の側にある窓から、青白い、強い光がまさに神々しく放たれていたことだった。照明が自動で点灯する設定にはしていない。しかも、照明の色とはちょっと違う。だから、ありえない光景だと思ったが、まあ、あるかもしれないなどと半ばパニックぎみに部屋に入ると、何もない中空のハズのところに、石らしき物体が浮かんでいて、そいつから、光が放たれていた。俺は一回吹きだして、言った。「お迎えのなにかか?」すると男の声がした。「映画の観すぎだぞ、はやく触れろ」「そんな趣味はない、それに、エロビ目的をごまかすために、同時にフツーの映画を借りてやがるのはそっちのほうじゃないのか?」男は言う。「ええい、早くしろ、ボロに気づかれる」俺は己の鋭い勘にしたがって言う。「これが”せきふ”か?」「そうだ」


たぶん、つづく...



EP-7 クローザ(閉じさせる者)
更新日
2022/01/15


俺は気づくと、あのボロの玉座の間にいた。なぜそれを知っているのか、少し不思議ではあったが、シンジとリイがいて、ほっとした。目の前のボロが、イラつきを隠さず、舌打ちして言う。「つくづくだな。せっかく、魂は生かしておいてやったのだが、まあよい、慈悲だ。この世界の絶対原理である”やさしさ”というものがいかに非力であるか、とくと見せつけてから、消滅させてやろう。とんだ誤算だ、そもそも、ユウイチ、汝の意識は逆に自ら閉じようとしている。この世界が気持ち悪くてたまらない、ひきこもりたい、気がつくと呼吸をまともにしていない、ドレミの歌のシが死ねのシだと思っている、生きている実感がなく、なにかの役割を演じている気分でいる、そして、常に、ネガティブ思考。これらを総括するに、余は、汝の意識を得たところで、エタニティにはなれないと判断した。じつに、不憫なやつだ。したがって、計画を変更する。開闢した生命の意識を閉じさせる者、あるいは、断罪する者、呼びかたは自由だ、余は、その素晴らしい強大な暗黒の力を持つ者を単純に”クローザ”と名づけた、そして、余が、そのクローザとなる。余は、すべての終焉を渇望し、断行する!」ボロがそう言い終わると、シンジが言った。「だったら、断罪されるのはお前のほうだ」両拳で両方のひじかけを同時に渾身の力でドンっとやったあと、ボロはすくっと立ちあがって、歯を思いきり食いしばり、うなり声をあげながら言う。「う゛う゛ん! いちいちくちごたえしやがって! 貴様らはなあ、ある意味エタニティ的な存在となって、永遠に苦しめ! あばよ、クソども!!」ボロはそう言い放つと、右腕を上げ、手のひらを天に向けて、なにかを招くように、小指から親指へと順になめらかに閉じた。そこから、暗闇が生まれ、瞬く間に俺たち三人を飲み込んだ。


「シンジ? リイ? 居るか?」「ああ」「いるよ」「なにコレ?」「私たちは”思念の村”に飛ばされたようだ」「ココがか?」「そうだ」「何も見えんぞ?」「見る必要はない、とりあえず、カシラのところに行こう」「どうやって?」「ついてくればいい」「だから、どうやって?」「私の残っている力を使おう」シンジがそう言ったのち、真っ暗だったのに、俺が小さい頃に過ごした田舎のような、懐かしい風景がいっきに広がった。天気が良く、ここちよい、春風が吹いている。シンジとリイの姿も見えるようになった。シンジが言う。「例によって、お前専用だ」俺は言う。「なるほど、え、この川、俺がガキの頃に魚釣りしてた川じゃないか」「カシラは小学校の職員室に居るはずだ」「俺の母校は廃校になったって、風のたよりに聞いたよ」「ここから国道沿いに出て、歩道橋を渡って、坂を上がったところだったな」「ほとんど、俺の田舎と同じじゃねえか、すげえな」「それより、お前の記憶力のほうがどうかしてる」俺は不覚にも、リイの姿が見えなくなっていることに気づいて、あたりを見回したら、向こうから、リイが満面の笑みを浮かべて、うれしそうに俺のところに走ってきて、言った。「ほら見て、つくしんぼ!」リイの開いた両手のひらに、つんだばかりのツクシンボがざっと20本くらい(?)のっていた。「お前、よく知ってるな、ツクシ」「見なおした?」「まあな」


職員室に入ると、一番奥の席に一人、いかにもな男が座っていた。俺たちの姿を見ると、すぅ~と言いながら、大きく息を吸い込んで、はぁ~と言いながら、息を吐いた。そして、言う。「来たか」フレームの上の部分だけが太く黒いメガネ、ブリッジの部分を中指一本でしゃくり上げる、一連のお決まりらしいしぐさをして、その黒々とした頭の剛毛をきちっと七三分けにしたカシラが言う。「ワシはねえ、べつにあんたらがどうなろうと知ったこっちゃないんよ。しかし、しかしだ、こういう無間地獄みたいなところに来たっちゅーことは、なにかの縁じゃ思う。あんたら、武器っちゅーのんは、生きもんを殺すためのもんじゃ思うとるんじゃろ、つまり、こんなやつをじゃ」カシラはキャスター付きの回転イスをきゅるきゅるいわせて、うしろにさがり、ガーっと引き出しを開けて、なにかを取り出し、うやうやしく、ゆっくりデスクの上に置いた。俺は「あ、それ」とつい言ってしまった。石斧だったからだ。「じゃあ思うじゃろう? 違うんよ、こりゃ木工用に使用された説が主流じゃ」俺はズコーとずっこけるところだった。カシラは続ける。「で、コレをこうやっちゃると──」俺は手品ショーが始まったのかと思った。カシラが手のひらを上に向けて、デスクの上に両手を置いたら、石斧がデスクの上、そう、30センチくらい上のあたりに浮かび上がって、バチっとはぜた。俺は思わず、顔を腕で守ったが、なにか昼間の空間の色とは違う青白い色の光にあたりが包まれていることに気づき、その根源である石斧のほうに目をやった。カシラは言った。「はい、クリスタル!」それは石斧より、ひとまわり小さい、透明な石になっていた。光がおさまり、デスクの上にゆっくり降りる。コロンという音。カシラはちぇっという音を出して、両まゆげをめいっぱい上にあげ、ひたいに幾重ものしわをつくり、息を吸って、吐きながら言う。「はぁ~しんど! もっていきんさい、もう、どうなあとし!」俺はワケがわからなかったが、シンジがそのクリスタルを拾いながら言う。「ありがとう」俺がシンジについて、リイと職員室を出ようとしたら、カシラがでかい声で言った。「やりかた知っちょるの?」シンジが前を向いたまま、これまたでかい声で言った。「もちろんだ!」カシラのデスクの上に、俺は、なんの気なしに、リイから受け取ったツクシンボの束を置いて帰ったんだ。三人が去ったあと、それをカシラは黙って、しばらく憂いを帯びた目で見つめたのち、すばやくぞんざいにつかんで、口のなかにぶっこみ、やけくそみたいにふんふん言いながら咀嚼して飲み込んだ。そして、くるっと青白い光の球体に変化して言う。「きっと彼は、希望を取り戻す、そうともさ!」


たぶん、つづく...



EP-8 思念の星
更新日
2022/01/16


「すまない、疲れた」シンジは、らしくないことをぼそっと言うと、校庭の一隅で満開に咲きほこっている桜の古木の根方に腰をおろした。そして、続ける。「人が桜の木をどういう想いで植えたか、考えたことはあるか? この古い桜の木は、私の父母の神、祖父母の神、いや、正直言うと、すべての神なのだ。お前が丘の上の一本桜の切り株を見て、感じた悲しみと、死んだ家族を想い、感じる悲しみは、同じだ。そうだろ、ユウイチ? 人はそれを乗り越えてほしくて、桜を植える。そして桜も、それを人に教えるために咲くのだ。希望を持てと」俺は疑問に思って、シンジに訊いた。「なぜ、一本桜のことを?」シンジは言う。「私は、お前が知覚したことはすべて知っている。個に全は知覚できない。だが、全は個をとおして、知覚している。全から個が生まれ、個は全に帰る。エタニティとは、ただ、それだけのことだ」俺はない頭なりに、シンジの言葉から答えを導き出した。「じゃあ、あんたがエタニティってやつなのか?」シンジが言う。「ふん、そうかもな。今言ったように、個には全を知覚することはできない。よし、時間だ。希望はたぶん、絶対に必要なものだ。やさしさの源泉だからな。お前の名前は、本当を言うと、やさしいのが一番という妙諦を、お前に与えるために、私がつけた。そして今、私の力のすべても、お前に与える。それが一番弱いか、一番強いかは、お前が自分で確かめるしかない」シンジはそう言うと、ふぁ~っと青白く光りだし、光だけでできた球体になった。ポケットに入っていたであろうクリスタルが、地面にコロンとして、青白い燐光を放っている。俺は驚いて言う。「おい!?」「このクリスタルに私の力を吸い取らせたから、あとどうするかは、二人で考えろ。私は、ご覧のとおり、思念体となって、この村で暮らすのさ。それに、カップルがラブラブなのを邪魔しちゃいかんだろ? おぁ~宴の時間に遅れる、カシラがイラつきだすとことだからな、あ、照明消えるぞ、じゃあな、うたげじゃ、うたげじゃあ~!」青白い光の球体はスンっと縮小し、消えた。それと同時に、クリスタルの明かりだけを残して、すべてが暗闇に戻った。俺はクリスタルを拾い上げて、その光をリイに向けて、やっと見えるリイの顔を見て、「なにコレ?」と言うと、リイはお手上げのポーズをして、「さあ」と言った。


俺は暗闇のなかで、軽くシンジロスにおちいった。さみしい。シンジは、俺の本当の父親かもしれないし、あの切り株だけになった丘の上の一本桜の精霊かもしれないし、すべての神かもしれないし、そして、エタニティという永遠の存在だったのかもしれない。「あなた、考えすぎよ」リイが俺の肩にそっと優しく触れて、明るく、そう言ったが、俺は少し違和感を感じて、ちょっと鼻で笑って、言い返した。「あなたって、めおと漫才かよ」「めおとのようなもんでしょ、公認の」俺はふんっと鼻息を吐いて、青白い燐光を放つクリスタルをくるくるやりながら言った。「ボロをとめないといけない、だって、反生命体みたいなもんだろ? 映画で観たよ」「てゆーか、あなたの意識を根こそぎ奪ったんだから、取り返さないと」「そしたら、どうなる?」「たぶん、元に戻るんじゃない?」「もとって、フツーの人間にってことか?」「うん、たぶん」「お前さあ、俺よりも先にイってるんじゃないの? 無限の意識がどうのこうのっつってたじゃないか」俺がそう言うと、リイはだんまりを決めこんだようだ。俺は大きくため息をついた。


青空に月が見えているのを不思議に思った、雪の積もった下り坂をかなりのスピードでバイクでくだったとき、まったくこけなかったのを不思議に思った、セキレイが人懐っこいのを不思議に思った、鳥で言えば、柿の木が倒されて、更地になり、真冬に小虫が歩いているわけないのに、そこにスズメがたくさん集まって、地面をしきりにちょんちょんやっているのを不思議に思った、クモをあっちに行けと逃がしてやったのに、こっちに向かって歩いてくるのを不思議に思った、家のなかで誰もいないのに、ラップ音が鳴るのを不思議に思った、ほかにもいろいろ不思議に思うことはあるけれど、そもそも、青空が青いことを、とても、不思議に思った。


俺はそれに気がついた。「どうしたんだ? リイ? 泣いてるのか?」リイが涙声で言う。「──また、逢えるからね」俺はやはり言葉の勉強をしなおそうと思った。一瞬、ほんの一瞬だが、意味がわからなかった。俺のそばには誰もいない。俺はそれに気がついた。俺は自然にそうした。燐光を放つクリスタルを両手で包んで、目をつむった。俺は、こみ上げてくる悲しみで、胸がしめつけられていることを死ぬほど感じた。俺は自然に(?)、呼吸をした。


気づくと、俺は一人で、あのボロの玉座の間にいた。玉座に座っているボロが嘲笑しながら言う。「そうとも、誰がなんと言おうと、呼吸は合法だ。しかも、いくらやってもタダだぜ? ご存知でしたか? 虫ケラも殺せねえ、やさ男さんよぉ! 観たことねえが、昔の映画で絶対あると思われるセリフを、おめえに下達してくれる! 言っとくがなあ、一発で仕留めねえと、てめえの命はねえぜ!? ククク、ああああははははははは!!」俺は自分の目のあたりが涙で濡れているのを感じたが、かまわず言う。「──また、口調がチンピラになってるが大丈夫か?」ボロは言う。「慈悲だと言ったろう? ドレミの歌のシが死ねのシか、幸せになあれのシか、どちらか選べ!」俺はゆっくり息を吸い、吐き、もう一度吸ってから、言う。「俺の意識を奪ったんだから、どっちかくらい、自分でわかるだろ? お前は、俺なんだ」


たぶん、つづく...



EP-9 はじまり
更新日
2022/01/24


ボロは言った。「余は、良心と善意の源泉である罪悪感を持つために罪を犯すことにした。せっかくだから、意味と価値のあることをしよう。この天の川銀河界隈にはどうやら、我々人間しか、知的生命体はいないようだが、それなのに、せっせと、自ら滅びの道を選ぶ、クソ野郎どもが、いまだに跋扈していやがる。迷惑だから、やつら人間の皮をかぶった害虫どもを、また一人、また一人と、確実に、地獄の果てまで追い詰め、その心臓を渾身の力でひねり潰し、完膚なきまでに滅殺してくれる!!」

俺は言う。「彼らは、人間あつかいされていないのは、自分たちだとわかっているから、自分より弱い者をいじめようとするんだよ。戦争も同じ、マウンティング行為に過ぎない」

ボロは返答した。「違う、やつらは自分たちの無意味無価値な人生を、ただ、終わらせたいだけだ。そして、自分だけ死ぬのが嫌だから、ほかを道連れにする気なのだ。古代でも、人身御供という、悪習がおこなわれていたであろう? はっきり言って、迷惑だ。心臓をひねり潰す前に、一言してやる、死にたきゃ、一人で死ねと!」

俺はシンジの意識を取り込んだので、それを知っていた。「人間、いや、生き物すべて、個は、いつだって、独りさ。そして、必ず、等しく、死ぬ。もういい、全へ帰ろう?」俺はそう言って、ポケットから、青白い燐光を放つクリスタルを取り出して、ボロに見せた。

「そ、それは、フュージョン!? よせ!!」ボロは動揺を隠せない模様。

俺は穏やかに言った。「戻るんだ、あるべきところへ、ともに」クリスタルは自力で空中に浮かぶ。

鋭い一瞬の閃光ののち、青白い強い光を放ちながら、空中に浮かぶクリスタルに、俺の知覚していたすべてが吸収されてゆく。ボロの獣のようなうなり声が響きわたる。やがて、その光さえも吸収され、クリスタルの青白い燐光だけがあたりを照らしていたが、ほかは何も見えない、暗闇だけになった。足で立っているということは、重力があり、地面もあるらしい。俺は地面に軽く穴を掘り、クリスタルを埋めた。いや、植えたんだ。これでいい。








その満開に咲きほこる桜の木の下で、一人の女性が俺を待っていたのは偶然ではなかったが今はもう少し現実的な話をしよう。

明るく、ここちよい、春風のなかで、微笑みを浮かべた、その見られたつらの若い女性は俺に言った。「また、逢えるって言ったでしょ?」

「え? ちょっと待って──」俺はそう言いかけて、なにかを思い出したような、不思議な感覚になった。それから──



たぶん、終わり... ──いや、始まりでは?




この物語はフィクションです。
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